特許権を売却するとき、価値評価によって算定された金額が、そのまま売却価格になるわけではありません。
価値評価は、特許権が生み出す経済的な利益などをもとに、価格交渉の基礎となる金額を示すものです。実際の売却価格は、その評価額を踏まえながら、買い手の利用方法、売り手と買い手の交渉力、支払方法などの取引条件を加えて決まります。
特許権には上場株式のような市場価格がないため、最初から一つの正解を探すのではなく、価格の前提を順番に整理することが重要です。
1.何を売却するのか
最初に確認するのは、売却の対象です。
一つの国内特許権だけを売却するのか、関連する複数の特許権や海外特許も含めるのか。出願中の権利、製造ノウハウ、設計資料、技術指導なども引き継ぐのかによって、買い手が取得するものは変わります。
例えば、特許権を取得しても、製造方法に関するノウハウがなければ、買い手が技術を実用化できないことがあります。この場合、特許権だけを取得する場合と、事業化に必要な情報や支援も取得する場合とでは、取引の価値は同じではありません。
まず、何を評価し、何を譲渡するのかを明確にする必要があります。
2.その特許によって、何が変わるのか
次に、その特許権を利用することで、事業にどのような経済的効果が生じるのかを考えます。
代表的な効果としては、売上の増加、製造コストの削減、他社製品との差別化、ライセンス収入、競合他社の参入抑制などがあります。
ただし、事業の利益がすべて特許権によって生み出されているわけではありません。製品の売上には、設備、人材、営業力、ブランド、販売網なども関係します。
そのため、事業全体の利益をそのまま特許権の利益と考えるのではなく、特許権がなければ売上やコスト、競争環境がどのように変わるのかを確認します。その差のうち、対象となる特許権による部分を考えることが、価値評価の重要な前提になります。
3.その権利は、使えるか、守れるか、いつまで使えるか
特許権が登録されているからといって、必ず高い価値があるとは限りません。
対象となる製品や技術を権利範囲が十分にカバーしているか、競合他社が容易に回避できないか、代替技術がないか、侵害を確認できるかといった点によって、特許権が事業を守る力は変わります。
既に第三者へライセンスしている場合や、権利の有効性に疑義がある場合には、それらも評価へ影響します。
また、確認するのは特許権の法的な残存期間だけではありません。技術が陳腐化する時期や市場の変化も踏まえ、実際に利益を生み出せる期間を考える必要があります。
特許期間が長く残っていても、経済的な価値が同じ期間続くとは限りません。
4.買い手は、その特許をどう利用するのか
同じ特許権でも、取得する会社によって利用方法は異なります。
既に製造設備や販売網を持つ会社であれば、取得後すぐに製品化できるかもしれません。既存製品と組み合わせることで、新たな売上やコスト削減が生じることもあります。
一方、追加の研究開発や設備投資が必要であれば、その費用や事業化の不確実性も考慮しなければなりません。
特定の買い手だけが得られる相乗効果は、その買い手にとって価格を引き上げる理由になり得ます。ただし、その効果を売り手がすべて売却価格として受け取れるとは限りません。実際にどこまで価格へ反映されるかは、他の買い手の有無や交渉力などによって変わります。
5.金額以外の取引条件はどうなっているか
売却価格を考えるときは、金額だけでなく契約条件も確認します。
例えば、代金を一括で受け取るのか、分割で受け取るのか。将来の売上に応じて追加対価を受け取るのか。売却後も売り手が技術を利用できるのか。技術指導や権利の有効性に関する保証をどこまで求められるのか、といった条件です。
表示された金額が同じでも、支払時期、将来の追加収入、売却後の負担やリスクが異なれば、売り手にとっての実質的な条件は変わります。
価格と契約条件を切り離さず、取引全体として検討することが必要です。
価値評価は、価格交渉の出発点になる
特許権の評価方法には、取得や再構築に必要な費用を基礎とするコスト・アプローチ、類似取引を参考にするマーケット・アプローチ、将来得られる利益を基礎とするインカム・アプローチがあります。
ただし、計算方法を選ぶだけでは、売却価格の根拠にはなりません。
何を売却するのか、どのような利益を生むのか、権利をいつまで利用できるのかといった前提を整理し、それに適した方法で評価する必要があります。その評価額を基礎として、買い手固有の事情や取引条件を加え、実際の売却価格を検討します。
「いくらで売りたいか」から「なぜその価格なのか」へ
特許権の売却価格には、唯一の正解があるわけではありません。
だからこそ、希望額だけを示すのではなく、次の事項を整理し、「なぜその価格を検討したのか」を説明できる状態にすることが重要です。
- 何を売却するのか
- どのような経済的利益を生むのか
- 権利を有効に利用できる期間はどの程度か
- 買い手がどのように利用するのか
- どのような取引条件を付けるのか
当研究所では、対象となる特許権の内容と、その基礎となる技術、市場及び事業を確認し、評価方法、前提条件、算定過程を示した特許権価値評価報告書を作成します。
特許権の売却を検討しているものの、価格の考え方や必要な資料が分からない場合は、現在の状況からお聞かせください。