特許権価値評価コラム

特許の価値はいつ時点で評価する?―評価基準日と利用可能な情報

同じ特許権でも、評価する時点が変われば価値は変わります。

出願直後には権利化の可否や事業化の見通しが固まっていなくても、登録後に製品へ採用され、販売実績が積み上がれば、評価の前提となる情報は大きく変わります。反対に、登録時には成長が期待されていた技術でも、その後に代替技術が普及し、市場が縮小すれば、価値が低下することがあります。

特許価値の評価では、まず「いつの時点の価値を求めるのか」という評価基準日を定め、その時点で合理的に利用できた情報に基づいて判断します。現在分かっている結果を、そのまま過去へさかのぼって当てはめるものではありません。

評価基準日と評価作業日は同じとは限らない

評価基準日は、価値を判定する基準となる日です。これに対して、評価作業日は、資料を収集し、分析し、評価報告書を作成する日です。

現在の譲渡やライセンス交渉のために評価する場合は、依頼日や直近の決算日などを基準日とすることがあります。一方、過去の取引価格が適正であったかを検討する場合や、過去の相続、現物出資、組織再編などに関する評価では、評価作業を現在行っていても、基準日は過去の日になります。

したがって、評価報告書では、基準日と作業日を区別し、どの時点の権利状況、事業計画、市場環境及び契約条件を前提としたかを明らかにする必要があります。

出願・登録・事業化によって不確実性が変わる

出願段階では、特許として登録されるか、請求項がどの範囲で認められるか、他社権利へ抵触しないかなどの不確実性があります。また、技術が完成していても、量産、許認可、顧客獲得及び販売体制が整っていないことがあります。

登録によって権利範囲が確定すれば、権利化に関する不確実性は低下します。しかし、登録されたことだけで収益が生じるわけではありません。製品への採用、ライセンス契約、販売実績、競合製品に対する優位性などが確認されるにつれて、事業化に関する見積りの確度が高まります。

評価では、後から登録や事業化に成功したという結果だけを見るのではなく、基準日時点でどの段階にあり、成功の可能性と失敗のリスクをどの程度見込むことが合理的だったかを検討します。

事業計画は基準日時点で合理的だったか

インカム・アプローチでは、将来の売上高、利益、ロイヤルティ、評価期間及び割引率などが評価額に影響します。そのため、基準日時点の事業計画が重要な資料になります。

ただし、社内で作成された計画をそのまま採用するのではありません。技術の完成度、製品化までの工程、設備投資、販売体制、契約状況、市場規模、競合技術、規制及び過去の計画達成状況などと照らし、合理性を確認します。

基準日後に売上げが計画を下回ったとしても、その結果だけで当時の計画が不合理だったとはいえません。反対に、実際の売上げが計画を上回ったとしても、基準日時点で予見できなかった偶然の成功まで、当時の価値へ含めることはできません。問われるのは、結果の正確さではなく、基準日時点の情報から合理的に見積もられていたかです。

基準日後の情報は二つに分けて考える

基準日後に判明した情報は、すべて無視するものでも、すべて評価へ反映するものでもありません。まず、基準日時点ですでに存在していた事実を、後から確認するための情報かどうかを検討します。

例えば、基準日前に締結済みであった契約書が後から提出された場合や、基準日時点の権利状態を特許原簿で確認した場合、その資料は当時の状況を裏づけるために利用できます。

一方、基準日後に初めて生じた大型契約、技術上の突破、法改正、競合企業の撤退などは、通常、過去の基準日時点では存在しなかった新しい事実です。これらを当然に過去の評価へ織り込むと、後知恵による評価になります。

もっとも、基準日後の出来事が、当時すでに存在していたリスクや見通しを検証する材料となる場合があります。その場合も、後の結果を直接反映するのではなく、基準日時点で予見可能であった範囲を区別して扱います。

交渉中に状況が変われば評価の更新を検討する

特許の譲渡やライセンス交渉では、評価を開始してから契約締結までに時間を要することがあります。その間に、特許査定、拒絶理由通知、無効審判、主要顧客との契約、臨床試験や性能試験の結果、市場環境の急変などが生じれば、当初の評価前提が変わります。

この場合、以前の評価が誤りだったということではなく、基準日が異なれば利用可能な情報も変わるということです。取引価格を決める目的であれば、評価基準日を契約日に近い日へ更新する、又は重要な変化が評価額へ与える影響を追加分析することを検討します。

評価書を取得した後に重要な事実が判明したときは、古い評価額だけを使い続けず、前提が維持されているかを確認する必要があります。

過去時点の評価では当時の資料を優先する

過去の評価基準日について評価する場合、当時作成された資料ほど重要です。事後的に作成された説明だけでは、当時の見通しと後から得た知識が混在するおそれがあります。

過去時点の評価では、当時の事業計画、予算、取締役会資料、研究開発記録、契約書、交渉記録、特許庁からの通知、販売実績、市場調査、競合情報などを確認します。資料が十分でない場合には、残された客観資料の範囲で前提を置き、その限界を評価報告書へ明記します。

また、現在の担当者へのヒアリングは有用ですが、記憶は後の出来事に影響されます。ヒアリング内容と当時の文書を照合し、評価者が採用した事実と判断過程を説明できる状態にしておくことが重要です。

評価目的によって基準日は異なる

評価基準日は、評価の目的に応じて決めます。主な確認事項は次のとおりです。

  • 譲渡又はライセンス交渉では、価格決定や契約締結との時間的関係
  • 現物出資や組織再編では、効力発生日や取引条件の決定日
  • 相続や贈与では、課税上の基準となる日
  • 会計目的では、取得日、期末日又は減損判定の基準日
  • 税務調査や紛争では、問題となった取引又は損害の発生日
  • 担保や資金調達では、契約及び審査で求められる評価時点

目的が曖昧なまま評価を始めると、必要な資料、採用すべき前提、評価結果の利用範囲がずれる可能性があります。依頼時に目的と基準日を確認し、複数の目的がある場合は、それぞれに同じ基準日を用いてよいかを検討します。

特許価値の評価では、評価額だけでなく、その金額が「いつの時点の、どの情報に基づく価値か」を明確にすることが重要です。

当研究所では、評価目的と評価基準日を確認し、その時点における権利状況、事業計画、市場環境及び利用可能な資料を整理したうえで、評価の前提と判断過程を報告書に示します。過去時点の評価や、交渉中に状況が変化した特許権の評価についてもご相談ください。