ストーリーで学ぶ 知財担当者のためのファイナンス

第12話/全15話

第12話 独占で貸すと、売るのと同じ?

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※本連載は、知財担当者が会計・ファイナンスを学んでいく過程を描いた架空の物語です。

特許が残れば、それでよいのか

「独占で貸したら、売るんと何が違うんや?」

佐々木の問いに、高橋はすぐには答えられなかった。

売却すれば、特許権者は東洋テクノから相手企業へ変わる。

ライセンスなら、特許権は東洋テクノに残る。

しかし、相手企業だけが使うことができ、東洋テクノ自身も使えず、ほかの企業にも使わせられないのであれば、特許が残ることにどれだけの意味があるのだろうか。

高橋は、黒田知財部長へ相談した。

「相手企業は、産業機器の分野で独占的に使わせてほしいと言っています」

「独占にも種類がある。専用実施権を設定する方法と、通常実施権を許諾したうえで、ほかの企業には許諾しないと約束する方法だ」

黒田は、違いを書き出した。

項目売却専用実施権独占的通常実施権
特許権者相手企業へ変わる東洋テクノに残る東洋テクノに残る
独占の根拠特許権そのもの特許法上の権利当事者間の契約
東洋テクノの自己利用相手の許諾が必要になり得る設定範囲では原則できない契約で残せる

「今回、東洋テクノは将来の自社利用を残したい。そうであれば、自己利用を残した独占的通常実施権が考えやすい」

「相手企業以外には使わせない。ただし、東洋テクノ自身は使えるようにするということですか」

「そうだ。ただし、どこまで独占させるかを決めなければならない」

特許権が東洋テクノに残っていても、すべての製品、地域、期間について独占を認めれば、経済的には売却に近づく。

重要なのは契約の名前ではなく、相手へ何を渡し、東洋テクノに何を残すかだった。

売らなければ、独占を失う

相手企業が特許を利用したいのは、産業機器用部品だった。

一方、東洋テクノの別の事業部が将来利用する可能性があるのは、新素材を使った別分野の製品である。

高橋は、産業機器用部品に限って相手企業へ独占を認め、それ以外の製品や用途は東洋テクノに残す案を作った。

地域は日本国内、期間は5年間とする。

東洋テクノ自身による利用も残す。

ところが、佐々木が別の問題に気づいた。

「向こうが独占したまま、商品を出さんかったらどうなるんや?」

製品が売れなければ、売上高の3%として計算するライセンス料は発生しない。

その間も東洋テクノがほかの企業へライセンスできなければ、収入のない独占状態だけが残る。

そこで高橋は、契約後18か月以内の販売開始を条件に加えた。

期限までに販売できず、それでも独占を維持したい場合には、最低保証額を支払う。

最低保証額を支払わない場合、東洋テクノは独占を非独占へ変更できる。

「独占したいなら、製品化を進めてもらう。進められないなら、ほかの会社とも取引できる状態に戻すということか」

「はい。事業化しない会社に独占だけを残さないための条件です」

独占は、相手企業が安心して製品化へ投資するための保護になる。

同時に、東洋テクノがほかの取引機会を失う原因にもなる。

契約には、その両方を織り込む必要があった。

3%以外に、何を決めるのか

相手企業が示した条件は、契約一時金1,000万円と、対象製品の売上高の3%だった。

しかし、3%という料率だけでは支払額は決まらない。

返品や値引きをどう扱うのか。

特許を使った部品が装置に組み込まれた場合、どの価格を基準にするのか。

高橋は経理部の森田にも相談し、消費税、返品、合理的な値引きなどを控除した正味売上高の3%とする案をまとめた。

さらに、年間のロイヤルティが1,200万円を下回った場合には、相手企業が差額を最低保証額として支払う。

製品が売れなくても、独占を維持するなら年間1,200万円を支払うことになる。

金銭条件を検討していると、相手企業から別の要望が届いた。

特許明細書だけでは製品化が難しいため、試験データ、製造条件、技術指導も提供してほしいという。

「3%を払うんやから、それぐらい教えてくれいうことやろ」

佐々木が言った。

「特許を使う権利と、ノウハウや人的支援は分けて決める必要があります」

東洋テクノは、提供するデータと製造条件を特定し、秘密保持義務を課すことにした。

初期の技術支援は一定時間まで契約一時金に含め、追加支援は別料金とする。

改良技術は、原則として発明した側に帰属させる。

また、相手企業は四半期ごとに販売実績を報告し、東洋テクノは必要な場合に帳簿や資料を確認できるようにする。

ライセンス料だけでなく、何を提供し、何を報告してもらい、どう確認するかまで決めて、初めて取引条件になる。

高橋が作った一枚

高橋は、事業部、法務部、経理部、研究開発部門の確認結果を一枚にまとめた。

論点最終条件案
取引形態独占的通常実施権
対象産業機器用部品
地域・期間日本国内・5年間
東洋テクノの利用自己利用と対象外分野での利用を残す
契約一時金1,000万円
ロイヤルティ正味売上高の3%
最低保証額年間1,200万円
販売開始契約後18か月以内
独占解除販売開始期限又は最低保証条件を満たさない場合
ノウハウ・技術支援対象を限定し、追加支援は有償
改良技術原則として発明した側に帰属
売上確認四半期報告、資料保存、確認権
再許諾東洋テクノの事前承諾が必要

一つの表にすると、「独占ライセンス」という言葉だけでは、ほとんど何も決まらないことが分かった。

誰に、何を、どこまで使わせるのか。

相手が製品化しなかった場合はどうするのか。

どの売上に3%を掛けるのか。

特許以外に何を提供するのか。

契約後に生まれた技術を誰が使えるのか。

それらを一つずつ決める必要があった。

「この条件なら、独占を認めます」

相手企業は、販売開始期限と最低保証額に難色を示した。

「製品化には量産試験や顧客の評価が必要です。18か月以内に販売できるとは限りません」

「合理的な事情があれば、期限の延長は協議します」

高橋は答えた。

「ただし、期限を定めずに独占だけを維持する条件にはできません」

「当社も製品化へ投資します。途中で競合企業にも同じ技術を許諾されるのは困ります」

「販売を進め、最低保証条件を満たしている限り、独占は維持されます。事業化されないまま独占だけが残ることを避けたいのです」

技術支援についても、対象製品に必要な資料と初期支援に限定することで合意した。

数日後、相手企業から正式な回答が届いた。

東洋テクノの提示条件を基礎として、ライセンス契約を締結する方針で、実務上の条件がまとまった。

両社は、それぞれの社内承認を経たうえで、契約書へ署名することになった。

何を残し、誰がリスクを負うのか

契約書案を見ながら、佐々木が言った。

「結局、1億円で売る話が、1,000万円と毎年の3%になったわけやな」

「金額だけではありません」

高橋は答えた。

「東洋テクノは特許権と将来の利用可能性を残しました。その代わり、相手企業の製品が売れないリスクと、契約を管理する仕事も残りました」

「売るのと貸すのと、どっちが得やったんや?」

売却なら、東洋テクノは1億円を早い段階で受け取ることができた。

ライセンス収入は、相手企業の販売実績に左右される。

一方で、東洋テクノは特許権を失わず、対象外分野での利用と、将来の自社利用を残すことができた。

「どちらが金額的に得だったかは、これからの販売実績と、東洋テクノが将来この技術を使うかどうかで変わります」

高橋は答えた。

「今回決めたのは、何を残し、誰が将来の利益とリスクを負うかです」

特許の取引とは、権利に一つの値段を付けて終わることではなかった。

誰に、何を、どこまで使わせるのか。

将来の利益と、その利益が実現しないリスクをどう分けるのか。

特許の価値は、特許証の中だけにあるのではない。

その特許を事業でどう使うかによって、実現する価値は変わる。

今回のポイント

  • 独占と売却:特許権が自社に残っていても、広い範囲の独占を認めれば、経済的には売却に近づきます。
  • 独占の範囲:製品、用途、地域、期間、自社利用などに分けて検討します。
  • 製品化の条件:販売開始期限や最低保証額を設け、製品化されないまま独占だけが残ることを防ぎます。
  • ロイヤルティの計算:料率だけでなく、計算対象となる売上高、返品、値引きなどの扱いを定めます。
  • 特許以外の提供物:特許の実施許諾と、試験データ、ノウハウ、技術支援は分けて条件を定めます。
  • 契約後の管理:改良技術の帰属、売上報告、資料保存、確認権なども契約で整理します。
  • 利益とリスクの分配:ライセンス契約は、将来の利益と、その利益が実現しないリスクを当事者間でどう分けるかを決める契約です。

次回予告

第13話 その特許は、会社の成長にどうつながる?

ライセンス条件を社長へ報告した高橋は、知財を会社全体の成長へどうつなげるのかを問われます。

高橋が整理を始めたのは、特許の件数ではなく、事業の方向性と必要な知財、現状、次の対応でした。

個別特許の取引から、会社が保有する知財全体を事業戦略と企業価値へつなげる検討が始まります。

この連載を使った研修を行っています

知財担当者向け研修では、本記事を事前教材として使用し、架空事例または研修先企業の数字を使った演習とディスカッションを行います。