米国には、企業の将来キャッシュフローを重視して融資する「キャッシュフロー融資」があります。
ただし、これはキャッシュフロー自体に担保権を設定する法制度ではありません。事業が将来生み出すキャッシュフローを主な返済原資とみて融資する実務です。
米国では、この融資判断に、広範な資産を対象とする担保権、財務制限条項などのコベナンツ、継続的なモニタリングを組み合わせることがあります。
一方、日本の企業価値担保権は、企業の総財産を一体として目的とする新しい法定担保権です。
両者は、個別資産の現在の処分価値だけでなく、事業が将来生み出す収益を重視する点では共通します。しかし、法的な仕組みは同じではありません。
1.四つの仕組みを区別する
最初に、比較対象となる四つの仕組みを区別しておきます。
| 仕組み | 主な融資判断 | 担保・管理の特徴 |
|---|---|---|
| 米国のキャッシュフロー融資 | 将来の事業キャッシュフロー | 広範な資産担保、コベナンツ、モニタリングを組み合わせる場合がある |
| 米国の全資産担保 | 契約で特定された広範な資産 | 売掛債権、在庫、設備、預金口座、一定の無形資産などを対象とする |
| 米国のABL | 売掛債権や在庫などの適格資産 | 借入基準額を継続的に計算する |
| 日本の企業価値担保権 | 事業の将来性と継続価値 | 企業の総財産を一体として担保の目的とする法定制度 |
「キャッシュフロー融資」は融資判断の方法、「全資産担保」は担保設定の範囲、「ABL」は一定の資産価値を基準とする融資手法です。
したがって、キャッシュフロー融資と全資産担保は、相互に排他的なものではありません。将来キャッシュフローを中心に融資判断を行いながら、貸し手が広範な資産に担保権を設定することもあります。
2.米国のキャッシュフロー融資とは
米国のキャッシュフロー融資では、企業が現在保有する不動産や設備の処分価値よりも、事業が将来生み出すキャッシュフローが重視されます。
審査では、例えば次のような事項が検討されます。
- EBITDAなどの収益力
- 営業キャッシュフロー
- 元利金の返済余力
- 売上や利益の安定性
- 顧客基盤と解約率
- 市場での競争力
- 経営陣の能力
- 将来の成長可能性
- 事業上のリスク
貸し手が依拠するのは、企業価値の評価額そのものではありません。事業が返済期間中に必要なキャッシュフローを継続して生み出せるかどうかです。
この点については、金融庁が公表した米国におけるキャッシュフロー・レンディングに関する調査でも、財務情報、事業性の評価、コベナンツ、モニタリングなどを組み合わせた実務が紹介されています。
3.キャッシュフロー融資でも全資産担保が利用される
将来キャッシュフローを重視する融資であっても、無担保とは限りません。
米国では、売掛債権、在庫、設備、預金口座、契約上の権利、一定の一般無形資産など、契約で特定された広範な資産カテゴリーに担保権を設定することがあります。一般に「all-assets lien」などと呼ばれる形態です。
これは、「企業価値」という一つの資産に担保権を設定する仕組みではありません。複数の資産カテゴリーを担保契約で広く指定するものです。
米国の動産・債権担保取引は、主として各州で採用されたUCC第9編によって規律されます。担保権は担保契約などに基づいて成立し、UCC-1 financing statementの提出は、原則として第三者に担保権の存在を公示し、対抗要件を備える役割を果たします。
したがって、UCC-1を提出しただけで、契約に定めていない資産を含む万能な担保権が生じるわけではありません。担保契約における担保対象の記載や、資産の種類に応じた対抗要件の確認が必要です。
4.ABLとの違い
ABL(Asset-Based Lending)は、売掛債権や在庫などの資産価値を基礎として借入可能額を決める融資です。
典型的には、適格売掛債権や適格在庫に一定の掛目を適用し、borrowing baseと呼ばれる借入基準額を計算します。
例えば、次のような計算です。
| 対象資産 | 適格資産額 | 掛目 | 借入基準額 |
|---|---|---|---|
| 売掛債権 | 1億円 | 80% | 8,000万円 |
| 在庫 | 5,000万円 | 50% | 2,500万円 |
| 合計 | 1億500万円 |
実際には、長期滞留債権、信用力に問題がある取引先への債権、陳腐化した在庫などが対象から除外されることがあります。
米国通貨監督庁のAsset-Based Lending Handbookも、ABLにおける借入基準額、担保管理、検査などの考え方を示しています。
キャッシュフロー融資では、会社全体の将来収益力が返済判断の中心です。これに対してABLでは、一定の資産価値とその変動が借入可能額に直接影響します。
もっとも、実務上の融資商品が常に明確に二分されるとは限りません。キャッシュフローと資産価値の両方を検討し、両者の管理手法を組み合わせる場合もあります。
5.コベナンツとモニタリング
将来キャッシュフローを重視する融資では、融資実行時の審査だけでなく、その後の継続的な管理が重要になります。
代表的なコベナンツには、次のようなものがあります。
- レバレッジ比率の上限
- 元利金返済余力に関する基準
- 最低流動性の維持
- 追加借入や担保設定の制限
- 配当や自己株式取得の制限
- 重要資産の売却制限
- 定期的な財務情報の提出
- 重要な事業変化の報告
コベナンツは、借り手を一方的に拘束するためだけのものではありません。事業や財務状態の悪化を早期に把握し、貸し手と借り手が対応を協議するきっかけにもなります。
違反が契約上のデフォルト事由に該当する場合でも、直ちに担保が実行されるとは限りません。期限の利益の喪失、条件変更、追加情報の提出、改善計画、権利放棄など、具体的な対応は契約内容と個別事情によって異なります。
6.経営悪化時に何が起こるか
企業の業績が悪化すると、貸し手は最新の財務情報や資金繰りを確認し、返済能力と事業継続可能性を改めて検討します。
その結果、次のような対応が考えられます。
- 財務情報や資金繰り情報の提出頻度を上げる
- 経営改善計画の策定を求める
- 融資条件や返済日程を変更する
- 追加融資や追加担保を検討する
- 不採算事業や不要資産の処分を求める
- スポンサーの探索や事業売却を検討する
- 契約に基づく権利を行使する
事業を継続した方が回収額を高められる場合には、直ちに個別資産を処分することが合理的とは限りません。
一方、事業の回復可能性が低い場合や資産価値が急速に低下する場合には、担保権の実行や事業売却などが選択される可能性もあります。
米国の実務から読み取るべき点は、「将来性を評価するから担保を取らない」ということではありません。将来性の評価、契約による規律、担保、情報把握を組み合わせて、融資後の変化に対応することです。
7.日本の企業価値担保権との共通点
米国のキャッシュフロー融資と日本の企業価値担保権には、いくつかの共通する考え方があります。
第一に、融資判断を個別資産の処分価値だけに限定しないことです。
第二に、事業が将来生み出すキャッシュフローを重視することです。
第三に、技術、ノウハウ、ブランド、顧客基盤、人材、組織力など、貸借対照表に十分表れない経営資源も事業性判断の対象となり得ることです。
第四に、融資後も経営状況を継続的に把握し、問題が深刻化する前に対応する必要があることです。
この意味では、両者とも、有形資産の保有量だけに依存しない融資を広げる可能性があります。
8.日本の企業価値担保権との相違点
最大の違いは、日本の企業価値担保権が法律によって新たに設けられた担保権であるのに対し、米国のキャッシュフロー融資は融資判断と契約管理の実務であることです。
日本の企業価値担保権は、企業の総財産を一体として担保の目的とし、信託会社を担保権者とする仕組みを採用しています。制度の詳細は、金融庁の企業価値担保権特設ページにまとめられています。
これに対し、米国で広範な担保を設定する場合には、売掛債権、在庫、設備、預金口座、一般無形資産などの資産カテゴリーを担保契約で指定します。
両者の違いを整理すると、次のようになります。
| 比較項目 | 米国のキャッシュフロー融資 | 日本の企業価値担保権 |
|---|---|---|
| 法的性質 | 融資判断・契約管理の実務 | 法律上の担保権 |
| 主な返済判断 | 事業の将来キャッシュフロー | 事業の将来性とキャッシュフロー |
| 担保 | 資産カテゴリーごとに広く設定する場合がある | 企業の総財産を一体として目的とする |
| 規律 | 担保契約、コベナンツ、モニタリング | 法定制度、担保権信託、融資契約等 |
| 経営悪化時 | 契約に基づく協議、条件変更、権利行使等 | 事業継続価値にも配慮した対応が想定される |
日本の制度は、米国の全資産担保をそのまま移植したものではありません。米国の融資実務を参考にしつつ、日本の法制度や金融実務に合わせて設計された独自の制度として理解する必要があります。
9.知財・無形資産はどのように扱われるか
知財・無形資産は、米国のキャッシュフロー融資でも重要な検討対象になります。
ただし、知財の価値を単独で算定し、その評価額をそのまま借入限度額にするとは限りません。
例えば、次のような関係が検討されます。
- 特許技術が商品の性能や差別化を支えているか
- ノウハウが品質、歩留まり、納期に寄与しているか
- ブランドが価格維持や継続購入につながっているか
- ソフトウェアやデータが継続収益を生んでいるか
- 顧客関係が売上の安定性を支えているか
- 重要な権利やノウハウが適切に管理されているか
- 特定の人材や取引先に過度に依存していないか
つまり、知財・無形資産が将来キャッシュフローの発生と継続にどう貢献するかが重要になります。
担保契約上は、知的財産に関する権利が一般無形資産などの範囲に含まれることがあります。ただし、特許、商標、著作権などについては、連邦法上の登録・記録制度との関係も検討する必要があります。すべての知財についてUCCの届出だけで同じ効果が得られるとは限りません。
また、知財を担保の対象に含めることと、知財の処分価値だけを返済原資とすることは別です。キャッシュフロー融資では、知財がほかの資産、人材、販売網、顧客関係などと組み合わされ、事業収益を生み出す仕組みが重視されます。
10.日本が米国実務から学べること
日本が参考にできるのは、単に広い範囲に担保権を設定する方法ではありません。
第一に、将来キャッシュフローを予測するためには、財務情報だけでなく、事業の競争力、顧客基盤、知財・無形資産、経営陣などを理解する必要があります。
第二に、融資実行後も、財務指標や事業上の変化を継続的に確認する必要があります。
第三に、経営悪化の兆候を早期に把握し、条件変更や事業改善などを協議する仕組みが必要です。
第四に、担保権が広ければ融資が成立するわけではありません。事業を理解し、将来キャッシュフローを検証する能力が貸し手側にも求められます。
企業価値担保権を有効に活用するには、制度の整備だけでなく、事業性評価、契約設計、モニタリング、経営改善支援を一体として発展させることが重要です。
11.まとめ――似ているのは融資の発想であり、法的な仕組みではない
米国のキャッシュフロー融資は、キャッシュフローそのものを担保とする法制度ではありません。将来キャッシュフローを主な返済原資と考え、必要に応じて広範な資産担保、コベナンツ、モニタリングを組み合わせる融資実務です。
ABLは、売掛債権や在庫などの適格資産を基礎として借入可能額を管理する点で、キャッシュフロー融資とは重点が異なります。
日本の企業価値担保権は、企業の総財産を一体として担保の目的とする新たな法定制度です。米国の全資産担保やキャッシュフロー融資と同一ではありません。
共通しているのは、有形資産の現在の処分価値だけでなく、事業の将来性とキャッシュフローを重視する発想です。
この融資を支えるためには、知財・無形資産についても、単独の処分価格だけを見るのではなく、事業でどのように活用され、顧客価値、競争優位、収益の継続性にどう結びついているかを説明する必要があります。
次の記事では、企業価値担保融資を検討する中小企業が、金融機関に何を説明し、どのような資料を準備すべきかを具体的に取り上げます。