特許権の価値をインカム・アプローチで評価する場合、将来の利益やロイヤルティを何年間見込むかによって評価額は大きく変わります。
特許権が法律上あと10年存続するなら、10年分の収益を計算すればよいのでしょうか。
結論からいえば、法的残存期間をそのまま評価期間にするとは限りません。特許権が存続していても、製品の販売終了、代替技術の普及、市場の縮小などによって、その特許から得られる収益が先に減少し、又はなくなることがあるためです。
評価期間は、法律上権利が存続する期間を確認したうえで、対象特許が実際に収益へ貢献すると合理的に見込まれる期間を検討して決めます。
法的残存期間と経済的耐用年数は別の期間である
日本の特許権の存続期間は、原則として特許出願の日から20年をもって終了します。一定の場合には、審査の遅延や医薬品・農薬等の許認可に関して、存続期間の延長が認められることがあります。
評価日時点から権利の満了日までが法的残存期間です。出願から12年が経過し、延長がない特許であれば、法的残存期間は基本的に8年となります。
これに対して、経済的耐用年数は、その特許が事業上の利益、ロイヤルティ又は競争優位に貢献すると見込まれる期間です。法的残存期間が8年あっても、対象製品が3年後に販売終了となり、その後の利用計画がなければ、収益を見込む期間は通常3年程度までとなります。
したがって、法的残存期間は特許価値を評価する期間の上限となりますが、その上限まで収益が続くことを当然の前提にはできません。
税務上の耐用年数をそのまま使うものではない
価値評価における経済的耐用年数は、法人税法上の減価償却に用いる法定耐用年数とは別のものです。
税務上の耐用年数は、取得した資産の償却計算に用いるために制度上定められた期間です。一方、価値評価では、対象特許が実際にキャッシュ・フローを生み出す期間を個別に見積もります。
日本公認会計士協会の「無形資産の評価実務」でも、インカム・アプローチによって評価した無形資産について、評価時にキャッシュ・フローを生み出すと見積もった期間と耐用年数を整合させる考え方が示されています。
法的残存期間、税務上の耐用年数、価値評価上の経済的耐用年数は目的が異なります。数字が存在するという理由だけで、法定期間を評価計算へ当てはめないことが重要です。
最初に製品寿命と利用計画を確認する
特許は、通常、製品、製造工程、サービス又はライセンスに利用されることで経済的効果を生みます。そのため、経済的耐用年数を見積もる際は、まず対象製品と事業の計画を確認します。
具体的には、製品の販売予定期間、モデルチェンジの時期、主要顧客との契約期間、生産設備の更新計画、ライセンス契約の残存期間などです。
現在の製品が終了しても、同じ特許を後継製品に利用できるのであれば、経済的効果が続く可能性があります。ただし、単に「後継製品にも使える」というだけでは足りません。後継製品の開発状況、販売計画、対象特許の使用範囲などから、実際に収益へ貢献する見込みを確認します。
反対に、後継製品では別の技術へ切り替える予定であれば、特許権が残っていても経済的耐用年数は短くなります。
代替技術、市場及び規制の変化を反映する
技術進歩の速い分野では、特許の満了前に代替技術が普及し、対象技術の優位性が失われることがあります。競合技術の性能や価格、業界の技術更新サイクル、標準規格の変更、自社の次世代技術への移行計画などは、技術的陳腐化を判断する材料になります。
ただし、代替技術が研究されているという理由だけで、直ちに評価期間を短縮するものではありません。実用化の可能性、導入コスト、量産性、顧客が切り替えるまでの期間などを踏まえ、いつ、どの程度、対象特許の収益へ影響するかを検討します。
技術が使用可能でも、市場自体が縮小すれば収益は減少します。需要の減少、原材料の供給制約、法規制や環境基準の変更、主要顧客の撤退なども考慮が必要です。
これらの影響は、ある年に収益が突然ゼロになる形だけではありません。売上やロイヤルティが徐々に減少すると見込まれる場合には、評価期間を短くするだけでなく、各年度の収益を段階的に減らす方法も検討します。
特許群とノウハウを一つの特許と混同しない
実際の製品は、一件の特許だけでなく、複数の特許、ノウハウ、設計情報、製造条件などによって成り立っていることがあります。
中心的な特許が満了しても、周辺特許や秘匿されたノウハウによって事業上の優位性が続くことがあります。しかし、特許満了後も事業利益が続くという理由で、その利益を満了した特許の価値へ含めることは適切ではありません。満了後の利益が周辺特許、ノウハウ、ブランド又は顧客関係によるものであれば、それぞれの貢献を区別します。
また、複数の特許が一体として製品を保護している場合には、一件の満了日だけで特許群全体の経済的耐用年数を決めることもできません。各特許が製品のどの機能を保護しているか、各満了後に競合他社がどこまで代替できるかを整理し、特許群としての保護力がどう変化するかを確認します。
DCF法では期間と各年度の収益を整合させる
DCF法やロイヤルティ免除法では、対象特許に関係する将来収益を見積もり、現在価値へ割り引きます。ここで重要なのは、残存年数を一つ決めることだけではなく、各年度にどの程度の収益が見込まれるかを説明できることです。
例えば、法的残存期間が8年、主要製品の販売予定が5年であっても、売上が5年間同じとは限りません。最初の2年間は販売が拡大し、その後は代替製品への移行によって減少する見込みであれば、その推移を各年度の売上高やロイヤルティへ反映します。
また、現在の特許が満了するまでの間に、将来の研究開発によって新しい特許や技術が生まれることもあります。しかし、その将来の投資によって生み出される利益を、評価日時点ですでに存在する特許の価値へ含めないよう注意が必要です。
評価期間は根拠資料とともに決める
特許の評価期間を検討する際は、少なくとも次の事項を確認します。
- 出願日、登録日、満了日及び延長の有無
- 年金納付状況と権利の有効性
- 対象製品と後継製品の販売計画
- ライセンス契約や主要顧客との契約期間
- 代替技術、競合技術及び技術更新の見込み
- 市場需要、規制及び供給条件の変化
- 周辺特許、ノウハウその他の資産との関係
法的残存期間が長いことは、価値を支える要素の一つです。しかし、残存期間が長いだけで高い価値になるわけではありません。
重要なのは、その特許がいつまで、どのような形で収益に貢献するかを合理的に見積もり、使用した資料と判断過程を説明できることです。
当研究所では、特許の登録情報だけでなく、技術、市場、製品計画及び事業計画を確認し、法的残存期間と経済的耐用年数を区別して評価期間を検討します。特許権の売却、ライセンス、組織再編その他の目的で評価期間の設定にお悩みの場合は、ご相談ください。