M&AのPPAによって特許、技術、商標、ブランド、顧客関係などが無形資産として計上されると、その評価額は買収時だけの数字では終わりません。
計上された無形資産は、その後の決算で償却や減損の対象となり、企業の利益に影響します。また、その会計処理には、技術の陳腐化、製品の販売見込み、特許の残存期間、顧客との関係など、知財部門や事業部門が保有する情報が必要です。
PPAが完了した後も、知財関係者の役割は続きます。
まず確認したいのは「どの決算書に計上されるか」
会社の株式を取得した場合、PPAによって識別された無形資産は、通常、買収された会社自身の決算書ではなく、買収した企業グループの連結決算に反映されます。
そのため、買収された会社の帳簿を見ても、PPAで評価された特許や技術が資産として載っていないことがあります。
一方、事業譲渡によって事業や知的財産を直接取得した場合には、取得した会社の個別決算に無形資産が計上されることがあります。
同じ知的財産を取得するM&Aでも、株式取得か事業譲渡かによって、無形資産が現れる決算書は異なります。
日本基準では、多くの無形資産が一定期間で費用になる
PPAで計上された無形資産のうち、使用できる期間が限られているものは、その期間にわたって償却されます。
たとえば、PPAによって、ある技術が6億円の無形資産として計上され、償却期間が6年とされた場合、単純化すれば毎年1億円が費用になります。
この費用は、その年に1億円の現金が支出されるという意味ではありません。しかし、会計上の利益は毎年1億円ずつ押し下げられます。
買収前の収益予測が達成されていても、PPAによる償却費のため、買収後の営業利益などが従来の予想より小さく見えることがあります。M&A後の業績を分析するときは、本業の変化とPPAによる会計上の費用を分けて考える必要があります。
償却期間は、特許権の残存期間だけでは決まらない
特許権には法的な存続期間があります。しかし、特許権の残存期間が、そのまま会計上の償却期間になるとは限りません。
重要なのは、その特許や技術が、実際にどのくらいの期間にわたって収益へ貢献すると見込まれるかです。
たとえば、特許権の残存期間が12年あっても、その技術を使用した製品が6年程度で世代交代すると見込まれる場合には、12年より短い期間での償却が検討されます。
償却期間を判断するときは、主に次の情報が考慮されます。
- 特許権や契約の残存期間
- 対象製品・サービスの販売予定期間
- 技術が陳腐化するまでの見込み
- 競合技術や代替技術の開発状況
- 顧客との取引が継続すると見込まれる期間
- ブランドが購買行動に影響する期間
- 技術やブランドを維持するために必要な追加投資
これらは、会計資料だけから判断できるものではありません。知財部門、研究開発部門、営業部門などが保有する情報が、償却期間を決める重要な根拠になります。
評価額と償却期間の両方が、その後の利益を左右する
同じ6億円の技術資産でも、6年間で償却すれば年間の費用は1億円ですが、3年間で償却すれば年間の費用は2億円になります。
つまり、PPA後の利益に影響するのは、無形資産の評価額だけではありません。何年間にわたって使用するかという判断も重要です。
無形資産の評価額を大きくしたり、償却期間を長くしたりすればよいわけではありません。評価額は将来の収益見込みなどに基づいて合理的に算定し、償却期間も知財や事業の実態に合わせて設定する必要があります。
PPAでは評価額の算定が注目されがちですが、その評価額が今後どのように費用化されるかまで確認しておくことが重要です。
事業環境が悪化した場合は、減損を検討する
無形資産を計上した後、その資産から当初見込んでいた収益を得られなくなることがあります。
たとえば、次のような変化は、無形資産の価値が低下していないかを確認するきっかけになります。
- 対象製品の売上げが計画を大きく下回った
- 競合他社から優れた代替技術が登場した
- 製品化や事業化が大幅に遅れた
- 重要な特許が無効になった、または権利範囲が狭くなった
- 主要顧客との取引が終了した
- 法規制の変更によって技術を利用しにくくなった
- 対象市場が想定以上に縮小した
このような事象が発生したからといって、直ちに減損損失が計上されるわけではありません。会計上の手順に従い、資産から得られると見込まれる金額などを確認したうえで判断されます。
また、減損が生じたからといって、買収時の評価が必ず誤っていたとも限りません。買収後に市場環境や事業計画が変化した結果、価値が低下することもあります。
買収時点ですでに分かっていた事情と、買収後に新たに発生した事情を区別することが大切です。
知財の管理情報が、償却や減損の判断に使われる
PPA後の会計処理では、知財部門が日常的に管理している情報が重要になります。
具体的には、特許の登録・年金管理だけでなく、対象技術がどの製品に使用されているか、どの程度の売上げに貢献しているか、代替技術が登場していないか、事業計画が変更されていないかといった情報です。
ライセンス契約の終了、特許紛争、権利範囲の変更、開発方針の転換なども、無形資産の使用期間や収益性に影響する可能性があります。
評価時に置いた前提と実際の状況が大きく異なってきた場合には、経理・財務部門や会計監査人へ早めに情報を共有する必要があります。
会計上の資産計上と税務上の取扱いは別問題
PPAで無形資産が会計上計上されても、その金額がそのまま税務上の資産となり、償却費を損金にできるとは限りません。
特に株式取得では、株式を取得したことだけを理由として、買収先が保有する特許や技術の税務上の帳簿価額がPPAの評価額に置き換わるわけではありません。
一方、事業譲渡や知的財産そのものの譲渡では、取得した資産の税務上の取扱いを別途検討することになります。
「会計上、無形資産として計上された金額」と「税務上、償却などの対象になる金額」は、分けて確認する必要があります。
IFRSでは償却の取扱いが異なる場合がある
国際会計基準であるIFRSでも、使用できる期間が限られている無形資産は、その期間にわたって償却されます。
一方、使用できる期間を確定できない無形資産は、定期的な償却を行わず、毎年、減損の検討を行います。また、IFRSでは、のれんについても定期的な償却を行わず、減損によって価値の低下を反映します。
日本基準とIFRSでは、無形資産やのれんが買収後の利益へ影響する時期や方法が異なる場合があります。海外企業の買収やIFRS適用企業の案件では、どの会計基準が使われるかも確認が必要です。
PPA後も知財関係者による継続的な確認が必要
PPAによる無形資産評価は、評価額を決めて終了するものではありません。
評価時に想定した製品の販売期間、技術の競争力、顧客との関係、ブランドの利用状況などは、その後の償却期間や減損の判断につながります。
知財関係者には、特許や商標の権利管理だけでなく、評価対象となった知財が現在も事業で使われ、収益へ貢献しているかを継続的に確認する役割があります。
PPA後の会計処理を適切に行うためには、経理・財務部門だけでなく、知財、研究開発、営業、事業部門が情報を共有する体制を整えておくことが重要です。