M&Aが成立した後、買収された会社の知財部門や研究開発部門に、保有する特許、技術、ブランド、契約などの資料提供が求められることがあります。
これは、PPA(Purchase Price Allocation)と呼ばれる手続のためです。PPAでは、M&Aの買収価格を、買収した会社が保有する資産や負債に振り分けます。その過程で、これまで貸借対照表に計上されていなかった特許、技術、顧客関係などが、無形資産として識別・評価されることがあります。
PPAは会計上の手続ですが、評価対象となる知財や技術の内容を会計担当者だけで判断することは困難です。知財部門や研究開発部門がどのような情報を提供するかによって、無形資産の識別や評価が変わる可能性があります。
この記事では、会計の専門知識がない知財関係者にも分かるように、PPAにおける知財・無形資産の考え方を解説します。
PPAは買収価格の内訳を整理する手続
企業を買収する際の価格は、買収先企業の貸借対照表に記載された資産の合計額だけで決まるものではありません。
買収する側は、将来の収益、技術力、顧客基盤、ブランド、事業上の相乗効果なども考慮して買収価格を決定します。そのため、買収価格は、買収先企業の帳簿上の純資産額を上回ることがあります。
PPAでは、この買収価格について、土地や建物などの有形資産だけでなく、特許、技術、ブランド、顧客関係などの無形資産も含めて、その内訳を整理します。それぞれの資産を評価してもなお残る価値は、原則として「のれん」に含まれます。
PPAは、買収価格が高かったか安かったかを改めて判定する作業ではありません。成立したM&Aの買収価格が、どのような資産や価値によって構成されているかを、会計上明らかにする作業です。
買収先の帳簿にない知財も対象になる
企業が自ら研究開発を行って取得した特許や蓄積した技術は、重要な事業資産であっても、その価値が貸借対照表に計上されているとは限りません。
たとえば、次のようなものです。
- 自社で研究開発した特許権
- 特許出願前または特許化されていない技術
- 製造方法や品質管理に関するノウハウ
- 営業秘密として管理している技術情報
- 長年の事業活動によって形成されたブランド
- 顧客との継続的な取引関係
- 事業運営に必要なライセンス契約や販売契約
これらは、通常の決算書だけを見ても、その存在や内容が十分に分からないことがあります。しかし、M&Aによって会社や事業が一体として取得されると、一定の要件を満たすものは無形資産として識別し、金額を評価することになります。
したがって、PPAの対象を検討する際は、知財台帳に登録された特許権や商標権だけを確認すればよいわけではありません。
無形資産を識別する二つの視点
PPAでは、買収先企業に存在する価値のすべてを無形資産として個別に計上するわけではありません。実務上は、主に次の二つの視点から、ほかの価値と区別できるかを検討します。
権利や契約によって存在を確認できるか
特許権、商標権、著作権、ライセンス契約などは、法律上の権利や契約によって、その存在や範囲を確認できます。
第三者へ自由に譲渡できない場合でも、契約や法律上の権利を基礎としていることが、無形資産を識別する重要な根拠になることがあります。
会社や事業から分けて取引できるか
単独で譲渡、貸与、ライセンスなどの取引対象にできることも、無形資産を識別する一つの手掛かりです。
実際に売却する予定があるかどうかではなく、会社全体とは別に、その資産を取引対象として捉えられるかを検討します。
ただし、形式的に権利が存在するだけで、直ちに大きな評価額が付くわけではありません。事業でどのように使用され、どのような収益や競争優位に結び付いているかを、別途確認する必要があります。
PPAで検討される主な知財・無形資産
特許権と技術
特許権は権利の存在や範囲を確認しやすいため、PPAにおける代表的な検討対象です。
もっとも、事業価値の源泉が、必ずしも特許権だけにあるとは限りません。特許明細書には表れない製造条件、設計情報、実験データ、品質管理方法、技術者の間で共有されているノウハウなどが、製品やサービスの競争力を支えている場合があります。
そのため、特許件数や権利の有無だけではなく、実際の製品との関係、代替技術の有無、残存する経済的な使用期間なども確認します。
商標・ブランド
登録商標のほか、商品名、サービス名、企業名などに形成されたブランド価値が検討対象になることがあります。
ただし、商標権が登録されていることと、経済的に価値のあるブランドが形成されていることは同じではありません。知名度、顧客の選択への影響、価格への影響、使用実績などを踏まえて判断します。
顧客関係と契約
顧客名簿、継続的な取引関係、受注残、販売契約、ライセンス契約などが、無形資産として検討されることもあります。
特に、技術や特許が特定の顧客との継続取引に結び付いている場合、技術と顧客関係のどちらが収益に貢献しているかを整理する必要があります。両者の価値を重複して評価しないことも重要です。
個別に分けにくい価値は「のれん」に含まれる
買収先企業の価値のうち、特定の権利や資産として個別に切り分けられるものは、無形資産として識別されます。
一方、次のような価値は、一般に独立した無形資産として分けることが難しく、のれんに含まれることがあります。
- 経営者や従業員が一体となって生み出す組織力
- 買収後に実現すると見込まれる事業上の相乗効果
- 将来獲得すると見込まれる新規顧客
- 将来の研究開発から生まれる可能性がある技術
- 個々の資産に分けることが難しい事業全体の収益力
「価値があるものはすべて無形資産」「特許権以外はすべてのれん」という整理ではありません。個別の資産として存在を確認できるか、他の価値から区別できるかを検討したうえで分類します。
「何があるか」と「いくらか」は別に検討する
PPAでは、最初に無形資産の候補を洗い出し、その後に評価対象とする資産を決めて金額を算定します。
つまり、「どのような知財・無形資産があるかを確認する作業」と「その価値を金額で算定する作業」は別の作業です。
評価方法には、仮に第三者からライセンスを受けた場合の使用料を基礎とする方法、その資産が生み出す利益を基礎とする方法、同様の資産を再び構築するための費用を基礎とする方法などがあります。
どの方法を採用するかは、資産の種類だけでは決まりません。その資産が事業上どのように利用され、どのように収益へ貢献しているかを踏まえて選択します。
知財台帳だけでは十分でない
無形資産の識別では、特許一覧や商標一覧に加え、次のような資料を確認します。
- 特許・商標等の登録資料
- ライセンス契約書や共同開発契約書
- 製品・サービス別の売上資料
- 研究開発資料や技術説明資料
- 顧客別・事業別の取引資料
- 事業計画や買収時の検討資料
さらに、資料だけでは把握できない情報を確認するため、経営者、知財担当者、研究開発担当者、営業担当者などへの聞き取りを行います。
特に、特許化されていない技術やノウハウは、知財台帳に記載されていないことがあります。どの技術が製品の競争力を支えているか、競合他社が容易に代替できるか、権利とノウハウがどのように組み合わされているかについては、知財・技術担当者の説明が重要になります。
知財関係者も早い段階から関与する
PPAはM&A成立後に本格化することが多いものの、決算直前になって初めて資料を集めると、知財や技術の内容を十分に整理できないことがあります。
知財関係者が早い段階から関与し、重要な特許、技術、ノウハウ、ブランド、契約と事業収益との関係を説明できるようにしておくことが大切です。
日頃から知財情報を、権利の管理だけでなく、対象製品、使用事業、ライセンス状況、収益への貢献と結び付けて整理しておけば、M&Aの際にも無形資産の存在と役割を説明しやすくなります。
PPAにおける知財評価では、会計上の処理だけでなく、技術、権利、契約、事業、収益の関係を一体として捉える必要があります。どの知財・無形資産を識別し、どのような方法で評価するか判断が難しい場合は、知財と価値評価の双方を理解する専門家へ相談することが考えられます。