特許権価値評価コラム

事業化前の特許はどう評価する?―DCF法とコスト・アプローチの判断基準

特許の価値評価では、将来得られる収益を基礎とするDCF法が用いられることがあります。

しかし、まだ製品化・事業化されていない特許の場合、売上実績がなく、事業計画も十分に具体化していないことがあります。このような場合でも、売上実績がないという理由だけで、直ちにDCF法を使えないわけではありません。

重要なのは、評価基準日時点で入手できる情報を基に、事業化の可能性や将来収益を合理的に検討することです。その検討の結果、具体的な収益を合理的に見込めるのであれば、DCF法の適用を検討できます。

一方、合理的に検討しても具体的な収益を見込めない場合には、特許の取得や開発に要した費用を基礎とするコスト・アプローチが選択肢になります。

この記事では、事業化前の特許について、DCF法とコスト・アプローチをどのように使い分けるかを解説します。

売上実績がなくてもDCF法を使える場合がある

DCF法は、特許を利用する事業から将来生じるキャッシュ・フローを予測し、その現在価値を計算する方法です。

まだ事業化されていない特許には、過去の売上や利益の実績がありません。しかし、売上実績がないことと、将来収益を合理的に予測できないことは同じではありません。

たとえば、次のような情報がそろっている場合には、事業化前であっても将来のキャッシュ・フローを具体的に検討できる可能性があります。

  • 対象となる製品やサービスが明確になっている
  • 想定する市場や顧客層が特定されている
  • 販売価格や販売数量について合理的な計画がある
  • 製造方法や量産体制が具体化している
  • 事業化までに必要な追加投資が把握されている
  • 販売先との商談や実証実験が進んでいる
  • ライセンス契約や共同開発の交渉が行われている
  • 比較可能な製品、市場または取引事例がある

これらの情報を基に、販売数量、販売価格、利益率、追加投資、事業化までの期間などを合理的に設定できるのであれば、売上実績がなくてもDCF法を検討できます。

したがって、評価方法を判断するときは、単に「事業化前か」「売上があるか」だけを見るのではなく、将来収益を予測するための具体的な根拠がどの程度そろっているかを確認する必要があります。

不確実性はシナリオや成功確率に反映する

事業化前の特許には、さまざまな不確実性があります。

研究開発が成功するとは限らず、製品化できても十分な需要が生じるとは限りません。量産化、許認可、資金調達、販路の確保、競合技術の出現などによって、当初の計画どおりに事業が進まない可能性もあります。

ただし、不確実性が高いことだけを理由に、直ちにDCF法を排除する必要はありません。一定の根拠に基づいて複数の事業シナリオを設定できる場合には、その不確実性を評価計算に反映できます。

たとえば、次のようなシナリオを設定します。

  • 計画どおりに事業化が進む場合
  • 事業化が遅れる場合
  • 販売数量や利益率が計画を下回る場合
  • 開発や量産化に追加費用が発生する場合
  • 事業化に至らない場合

それぞれのシナリオについてキャッシュ・フローを計算し、発生可能性を考慮することで、単一の強気な事業計画だけに依存しない評価が可能になります。

また、販売数量、販売価格、利益率、事業化時期、成功確率などの前提を変えた感応度分析を行えば、どの前提が評価額へ大きく影響するかも確認できます。

事業化前の特許をDCF法で評価する場合に重要なのは、不確実性を無視することではありません。不確実性の内容を整理し、シナリオや成功確率などを通じて評価へ反映することです。

合理的に検討しても収益を見込めない場合がある

評価基準日時点の資料を確認し、事業化の可能性を合理的に検討しても、具体的な収益を見込めない場合があります。

たとえば、次のような状況です。

  • 対象製品やサービスが具体化していない
  • 想定市場や顧客が明確になっていない
  • 販売価格や販売数量の根拠がない
  • 製造方法や量産体制が整っていない
  • 事業化に必要な追加投資が把握されていない
  • ライセンス契約、受注または出資に関する具体的な交渉がない
  • 事業化の主体や実施時期が決まっていない
  • 競合技術や代替技術に対する優位性が確認できない

このような場合には、形式的に売上や利益の数値を置いても、その数値を裏づける客観的な資料がありません。

重要なのは、単に予測作業が難しいということではなく、評価基準日時点の事実関係を合理的に検討した結果として、特許から生じる具体的な収益を見込める状態にないということです。

将来、事業計画が具体化し、製品化やライセンス契約の見通しが立てば、収益を基礎とする評価が可能になることもあります。しかし、評価はあくまで評価基準日時点の状況に基づいて行います。評価基準日より後に生じた事情を、当時すでに確定していた事実のように扱うことはできません。

収益を見込めない場合に検討するコスト・アプローチ

合理的な検討を行っても、評価基準日時点で特許から生じる具体的な収益を見込めない場合には、コスト・アプローチが選択肢になります。

コスト・アプローチは、対象となる特許を取得するまでに要した費用や、同等の特許を再取得するために必要となる費用などを基礎として価値を検討する方法です。

対象となり得る費用には、たとえば次のようなものがあります。

  • 研究開発に要した費用
  • 特許出願のための費用
  • 弁理士等の専門家報酬
  • 出願審査請求に関する費用
  • 拒絶理由通知への対応費用
  • 特許料や登録料
  • 外国出願に関する費用

ただし、支出した費用をすべて単純に合計すれば、そのまま特許の価値になるわけではありません。

対象特許との関係が確認できない費用、一般的な事業運営費、すでに失敗した研究に関する費用などが含まれている可能性があります。そのため、各費用の内容と対象特許との関連性を確認し、評価へ含める範囲を整理する必要があります。

また、実際に支出した費用を基礎とするのか、評価時点で同等の特許を再取得するために必要な費用を基礎とするのかによっても、検討内容は異なります。

原価は将来収益や売却価格ではない

コスト・アプローチを用いる場合に注意したいのは、特許の取得や開発に要した費用と、特許が将来生み出す収益は別のものであるという点です。

多額の研究開発費を投じた特許であっても、製品化できず、需要もなければ、その費用に見合う収益が得られるとは限りません。

反対に、比較的少ない費用で取得した特許であっても、市場で高い競争力を持ち、多額の収益を生み出す可能性があります。

したがって、コスト・アプローチによる評価額は、特許の取得や再構築に要する費用を基礎とした価値です。特許が将来生み出す収益や、第三者との取引で成立する価格を直接示すものではありません。

特許を売却する場合には、評価結果だけで取引価格が決まるわけでもありません。買い手がその特許をどのように利用できるか、代替技術があるか、事業化に追加投資が必要か、交渉上の条件がどうなっているかなどによって、実際の取引価格は変わります。

評価書では、採用した評価方法だけでなく、その方法によって把握している価値の内容と限界を明らかにすることが重要です。

評価方法は評価基準日の状況に応じて選ぶ

事業化前の特許にどの評価方法を用いるかは、評価基準日時点の開発状況、事業計画、契約関係、市場情報などに応じて判断します。

まず、対象特許を利用する事業について、製品、顧客、市場、販売計画、量産体制、必要な追加投資などを確認し、将来収益を合理的に見込めるかを検討します。

合理的な根拠をもって将来収益を見込める場合には、DCF法の適用を検討します。不確実性が高い場合には、複数のシナリオ、成功確率、感応度分析などによって、その不確実性を評価へ反映します。

これに対し、合理的に検討しても評価基準日時点で具体的な収益を見込めない場合には、コスト・アプローチを検討します。その場合も、費用の内容や対象特許との関連性を確認し、評価額が将来収益や取引価格を直接示すものではないことを明確にします。

また、評価目的によって必要な価値の考え方も異なります。売買、現物出資、事業承継、財務報告、担保設定など、評価の目的を確認したうえで、目的に適した評価方法と前提条件を設定する必要があります。

まとめ

事業化前で売上実績がない特許でも、具体的な事業計画や市場情報があり、将来のキャッシュ・フローを合理的に予測できる場合には、DCF法を検討できます。

不確実性が高い場合も、それだけでDCF法を排除するのではなく、複数のシナリオ、成功確率、感応度分析などによって評価へ反映します。

一方、評価基準日時点の状況を合理的に検討しても、特許から生じる具体的な収益を見込めない場合には、コスト・アプローチが選択肢になります。

ただし、コスト・アプローチによる評価額は、特許の取得や再構築に要する費用を基礎とした価値であり、将来収益や実際の売却価格を直接示すものではありません。

事業化前の特許評価では、特定の評価方法を形式的に当てはめるのではなく、評価基準日時点で何が具体化しており、どの情報を合理的な根拠として利用できるかを整理することが重要です。

当研究所では、特許の内容、開発段階、事業計画、評価目的などを確認し、評価基準日時点の状況に応じた評価方法を検討します。事業化前の特許の価値評価についてお悩みの場合は、お問い合わせください。