ここまでの記事では、
「この特許、いくら?」
という問いに対して、特許権の経済的価値を考える意味を取り上げてきました。
では、実際にはどうやって金額を算定するのでしょうか。
特許権をはじめとする知的財産権の価値評価では、大きく分けると、
- コスト・アプローチ
- マーケット・アプローチ
- インカム・アプローチ
という3つの考え方があります。
名前だけを見ると少し難しく感じるかもしれませんが、基本的な発想はそれほど複雑ではありません。
① コスト・アプローチ―「同じものを作るには、いくらかかるか」
コスト・アプローチは、その特許権や技術を生み出すために必要となるコストに着目する考え方です。
例えば、
研究開発に要した人件費。
試作費。
外部への委託費。
実験や検証にかかった費用。
特許取得に関連する費用。
など、その技術や権利を形成するために必要となったコストを検討します。
ただし、
「過去に1億円使ったから、価値も1億円」
と単純に決めるわけではありません。
実際にかかった費用を見る方法もあれば、
「今、同じような技術や権利を一から作るとしたら、どの程度のコストが必要か」
という観点から考える方法もあります。
また、研究開発に多額の費用をかけたからといって、そのすべてが現在の特許権の価値として残っているとは限りません。
何をコストとして捉え、現在の価値にどう結びつけるのかを検討する必要があります。
② マーケット・アプローチ―「似た取引では、いくらだったか」
マーケット・アプローチは、実際に行われた類似の取引などを参考にして価値を考える方法です。
例えば、
似た技術分野の特許権が、どの程度の金額で売買されたのか。
類似するライセンス取引が、どのような条件で行われたのか。
といった市場での取引情報を参考にします。
不動産をイメージすると分かりやすいかもしれません。
ある土地の価格を考えるとき、
「近くにある似た土地が、いくらで売れたのか」
は重要な参考情報になります。
特許権でも基本的な発想は同じです。
ただし、特許権の場合には難しい点があります。
一つ一つの特許権で、
技術内容。
権利範囲。
残存期間。
対象市場。
事業での使われ方。
などが異なります。
さらに、特許権の売買やライセンスの条件が、十分に公開されていない場合もあります。
そのため、
「似た取引があったから、その金額をそのまま使う」
のではなく、どの程度比較できるのかを検討する必要があります。
③ インカム・アプローチ―「将来、どのような経済的利益を生むか」
インカム・アプローチは、その特許権によって将来得られる経済的な利益に着目する考え方です。
例えば、
その特許権を使うことで、どの程度の利益を得られるのか。
その特許権があることで、どの程度のコストを削減できるのか。
ライセンスによって、どの程度の収入を得られるのか。
といった将来の経済的効果を考えます。
そして、将来得られると考えられる経済的利益を、リスクや時間の経過なども踏まえて現在の価値に換算していきます。
すでに製品として販売され、事業計画や過去の実績がある技術であれば、将来の収益について検討するための材料があります。
一方、まだ事業化されておらず、市場も形成されていない特許権もあります。
このような場合でも、将来の市場や事業化の可能性などを踏まえて、将来収益を予測し、評価につなげることがあります。
ただし、将来についてどのような前提を置くかによって評価額は大きく変わります。将来収益を合理的に予測した結果、現時点では収益を見込まず、ゼロとなることもあります。
では、どの方法を使えばいい?
ここまで3つのアプローチを見ると、
「結局、どの方法を使うのが正しいのか」
という疑問が出てきます。
これも、一律には決まりません。
例えば、
研究開発のコストについて十分な資料がある。
比較できる市場取引が存在する。
すでに事業化され、将来の収益について一定の予測ができる。
といったように、対象となる特許権によって利用できる情報が違います。
また、
売却のためなのか。
ライセンスの検討なのか。
関係会社間取引なのか。
社内での検討なのか。
といった評価目的によっても、何を重視するかは変わります。
そのため、最初に評価方法を決めて数字を当てはめるのではなく、
評価目的、特許権の性質、事業の状況、利用できる情報などを確認したうえで、適切な評価方法を検討します。
一つの方法だけを見るとは限らない
実際の評価では、一つのアプローチだけを検討するとは限りません。
例えば、インカム・アプローチで評価しながら、コスト面から見た場合に著しく不自然な結果になっていないかを確認する。
市場で参考になる取引情報があれば、それと比較する。
といったように、複数の視点から評価額を検討することがあります。
重要なのは、
「この計算式を使えば正解が出る」
ということではありません。
どの方法が、その特許権の価値を考えるうえで適しているのか。
利用できる情報にはどのような限界があるのか。
それを踏まえて評価方法を選び、金額につなげていきます。
評価方法より先に、「何を評価するのか」
特許権価値評価というと、計算方法に目が向きがちです。
しかし、実際には計算を始める前の整理も重要です。
その特許権は、事業の中でどのような役割を果たしているのか。
何を経済的な価値として捉えるのか。
どの情報を使うことができるのか。
そのうえで、
コストから見るのか。
市場から見るのか。
将来の経済的利益から見るのか。
を検討します。
評価方法は、価値を考えるための手段です。
特許権の置かれている状況を理解したうえで、その価値を適切に捉えられる方法を選ぶことが、特許権価値評価では重要になります。