企業の競争力を支える源泉として、技術、ノウハウ、ブランド、データ、人材、組織力などの知財・無形資産の重要性が高まっています。これらへの投資を経営戦略と結び付け、成長へつなげることが課題です。
一方、社内で管理される数字は、研究開発費、出願件数、保有特許件数、研修時間など、把握しやすいものに偏りがちです。これらは、いくら投資し、どの程度活動したかを示しますが、その活動が顧客価値、競争優位、売上、利益率又はリスク低減につながったかまでは示しません。
反対に、売上や利益だけでは、研究開発、人材育成、ブランド構築などの途中経過を評価できません。
知財・無形資産投資を管理するには、活動から事業成果、財務成果、将来キャッシュフローまでをつなぎ、どの前提が実現し、どこで計画との差が生じたかを確認する必要があります。本記事では、その結果を投資の継続、修正、追加又は中止に使うKPIの設計方法を説明します。
公的ガイダンスはKPIをどう位置付けているか
経済産業省の「価値協創ガイダンス2.0」は、企業の価値観、長期戦略、実行戦略、成果と重要な成果指標、ガバナンス及び対話を、一つの価値創造ストーリーとして結び付ける枠組みを示しています。
この枠組みにおけるKPIは、社外開示のために後から都合のよい数字を選ぶものではありません。戦略を実行する過程で進捗を管理し、成果を評価し、環境や前提が変わった場合に戦略や施策を見直すための指標です。
また、政府の知財・無形資産投資・活用に関するガイダンスでも、知財・無形資産への投資を、経営戦略、競争優位及び企業価値につながる価値創造ストーリーの中で捉えることが重視されています。
したがって、知財部門の活動件数だけを管理するのでは不十分です。どの事業戦略を実現するための投資なのか、どのような顧客価値や競争優位を生むのか、その結果が事業と財務にどう表れるのかを一続きで確認する必要があります。
ただし、公的ガイダンスは、すべての企業に共通するKPIの一覧を示すものではありません。実務では、その考え方を自社の事業計画、投資案件、責任部門、測定頻度及び意思決定の基準へ落とし込みます。
KPIは測れる数字からではなく、To-Beから逆算する
現在取得できるデータを並べ、その中から管理しやすい数字を選ぶだけでは、既存業務の活動量を測るKPIになりがちです。KPIは、将来実現したい事業の姿であるTo-Beから逆算して設計します。
手順は次のように整理できます。
- 将来どの市場で、どの顧客に、どのような価値を提供するかを決める。
- その顧客価値を継続して提供するために必要な競争優位を明確にする。
- 競争優位を支える技術、ノウハウ、特許、ブランド、データ、人材、組織力、顧客関係などを特定する。
- 現在の状態であるAs-Isと、必要な状態であるTo-Beとの差を確認する。
- 差を埋めるための育成、獲得、保護、活用又は提携などの施策を決める。
- 施策が進んでいるか、事業成果につながったかを確認するKPIを設定する。
差を埋める手段は、自社での研究開発や人材育成だけではありません。権利取得、営業秘密の管理、外部からの技術導入、採用、企業との提携、ライセンス、M&Aなども候補になります。
この順序で考えると、KPIは「現在測れるものの一覧」ではなく、「戦略の実現に必要な前提が整っているかを確認する指標」になります。例えば、出願件数を先に目標とするのではなく、必要な市場で競争優位を維持するために、どの技術をどの国で保護する必要があるかを決め、その進捗を測ります。
活動指標・事業KPI・財務KPIを三段階でつなぐ
知財・無形資産投資のKPIは、活動・進捗指標、事業KPI、財務KPIの三段階に分けると整理しやすくなります。
| 区分 | 確認すること | 主な例 |
|---|---|---|
| 活動・進捗指標 | 必要な資産や能力を形成できているか | 重要技術の開発段階、必要国での権利確保、量産条件の確立、データ整備率、必要人材の充足 |
| 事業KPI | 形成した資産や能力が顧客価値や競争優位として表れているか | 製品化時期、採用率、継続率、平均単価、不良率、開発期間、競合参入状況 |
| 財務KPI | 事業上の変化が財務成果に反映されているか | 売上、売上成長率、粗利益率、営業利益率、追加費用、運転資本、ライセンス収入 |
出願件数、研究開発件数、研修時間などの活動指標は、業務量、資源配分、計画の進捗を管理するために必要です。ただし、それだけを最終成果とすると、形成した権利や能力が事業で活用されたかが見えません。
そこで、活動・進捗指標と財務KPIの間に事業KPIを置きます。新技術の開発後に製品化できたか、顧客の評価を得たか、採用社数が増えたか、価格を維持できたか、品質や納期が改善したかを確認します。さらに、それらの変化が売上、利益率、追加費用、必要投資などにどう反映されたかを確認します。
三段階をつなぐことで、「活動は進んだが顧客に採用されなかった」など、計画と実績の差が生じた段階を特定できます。
なお、売上や利益は、知財部門だけで生み出されるものではありません。研究開発、製造、営業、財務、市場環境など多くの要因が影響します。各段階のつながりを文章で明示し、部門横断の共同成果として管理することが重要です。
先行指標と結果指標を組み合わせる
知財・無形資産への投資は、支出から事業成果が表れるまでに時間がかかります。売上や利益などの結果指標だけを見れば、必要な技術や能力が形成される前に投資を打ち切るおそれがあります。
一方、試作品の完成、出願、人材採用などの先行指標だけを見れば、顧客に選ばれず、収益につながらない取組を続けるおそれがあります。
そのため、将来の成果に必要な条件が整っているかを先行指標で確認し、顧客、事業及び財務に実際の変化が生じたかを結果指標で確認します。例えば、試作品完成、量産条件の確立、重要人材の配置を先行指標とし、顧客評価、採用率、販売開始、粗利益率を結果指標とします。
各KPIには、成果が表れる想定時期、見直し時期及び警戒水準を設定します。予定時期を過ぎても結果指標が動かない場合には、先行指標として選んだ条件が本当に成果へつながるものだったかを見直します。
KPIは因果関係を自動的に証明する数字ではありません。事前に置いた価値創造の仮説を検証し、計画との差が生じた原因を探る手掛かりです。
一つの事例でKPI設計表を作る
製造業が、独自技術と量産ノウハウを用いた高付加価値製品を新市場へ投入するケースで考えます。事業上の目的は、顧客が重視する性能や品質を実現し、価格競争から離れることです。
必要なのは特許だけではありません。中核技術、安定生産のための量産ノウハウ、必要国での権利、品質管理人材、設備、顧客評価データなどを組み合わせる必要があります。
| 項目 | 事例での整理 |
|---|---|
| 事業上の目的 | 高付加価値製品を新市場へ投入し、価格競争から離れる |
| 必要な知財・無形資産 | 中核技術、量産ノウハウ、必要国の特許、品質管理人材、顧客評価データ |
| 活動・進捗指標 | 試作品完成、量産条件確立、必要国への出願、品質管理人材の配置 |
| 事業KPI | 顧客評価、採用社数、販売開始時期、歩留まり、不良率、平均単価 |
| 財務KPI | 新製品売上、粗利益率、追加開発費、設備投資、運転資本 |
| 将来CFへの影響 | 売上増加、利益率改善、収益化時期、追加投資、継続期間、下振れリスク |
| 管理条件 | 責任部門、測定頻度、目標値、警戒水準、見直し時期 |
| 次の判断 | 継続、設計変更、追加投資、提携、対象市場変更又は中止 |
例えば、試作品が予定どおり完成しても、顧客評価が低い場合、技術開発の進捗だけを見て計画どおりとは判断できません。顧客が求める性能とのずれ、評価対象となった用途、競合製品との差を確認し、製品設計又は対象市場を見直します。
顧客評価が高く、採用社数も増えているのに粗利益率が低い場合は、価値提案ではなく、歩留まり、製造コスト又は価格設定に問題がある可能性があります。量産ノウハウの改善、設備投資、価格改定、外部企業との提携を比較します。
販売開始が遅れていても、その原因が認証の取得時期にあり、顧客の採用意向が維持されているなら、直ちに中止するのではなく、収益化時期の修正、追加資金の必要額及び資金を投入した場合の回復可能性を検討します。
一枚の表でつなぐと、数字から原因を確認し、次の判断へ進めます。KPIは多いほどよいのではなく、判断を変える指標へ絞ることが重要です。
KPIを将来キャッシュフローの六要素へつなぐ
知財・無形資産投資を企業価値へつなげるには、KPIの変化が将来キャッシュフローのどの要素に影響するかを確認します。本研究所では、次の六つに分けて整理します。
| 将来キャッシュフローの要素 | KPIとのつながり |
|---|---|
| 売上の規模・成長率 | 顧客採用、販売数量、平均単価、継続率、市場拡大 |
| 利益率 | 価格プレミアム、歩留まり、不良率、製造・提供コスト |
| 収益化の時期 | 開発、認証、量産、販売開始までの期間 |
| 収益の継続期間 | 権利期間、顧客関係、ブランド、代替技術、陳腐化 |
| 追加投資・運転資本 | 追加開発、設備、人材、在庫、売掛金 |
| リスク | 技術失敗、模倣、他社権利、情報流出、重要人材・顧客への依存 |
事例で顧客採用が想定を上回れば、販売数量や市場拡大の見通しを見直す材料になります。平均単価を維持しながら採用が進めば、売上だけでなく利益率にも好影響が期待できます。
一方、量産条件の確立が遅れれば、売上の総額だけでなく、収益が生じ始める時期が後ろへずれます。歩留まりが改善しなければ、利益率が下がり、追加開発費や設備投資も増える可能性があります。特許で保護されていても、代替技術の登場が早ければ、収益の継続期間を短く見積もる必要があります。
このように、KPIは売上や利益への影響だけでなく、キャッシュフローの発生時期、継続期間、追加投資及び不確実性の変化を確認するために使います。
KPIが改善したからといって、企業価値が直ちに一定額増加するわけではありません。KPIは、将来キャッシュフローの前提がどの方向へ変化したかを捉え、事業計画を更新するための情報です。
KPIは、投資の進捗や事業成果を継続的に確認するための指標であり、知財・無形資産の評価額そのものではありません。M&A、売買、ライセンス、組織再編など、金額による判断が必要な場合には、KPIや事業計画を基礎として別途価値評価を行います。
KPIを集計するだけでなく、投資判断に使う
KPIを定めても、定期報告資料へ数字を掲載するだけでは投資管理になりません。各KPIについて、責任部門、データ元、測定頻度、基準値、目標値、警戒水準及び見直し時期を決めます。
すべての指標を同じ頻度で測る必要はありません。開発工程や品質は月次、顧客採用や販売は四半期、財務成果は事業計画の見直し時期に合わせるなど、変化が表れる速度と意思決定の時期に応じて設定します。
計画未達となった場合は、三段階のどこで差が生じたかを確認します。技術確立が遅れたのか、顧客評価が低かったのか、販売力が不足したのか、量産コストが高かったのかを区分すれば、必要な対応も変わります。
未達という結果だけで投資を失敗とせず、前提の変化、回復可能性、追加投資の効果を検討します。そのうえで、従来計画の継続、施策や製品設計の修正、追加投資、外部企業との提携や技術獲得、対象市場の変更、中止などを判断します。
KPI自体が戦略や市場環境に合わなくなった場合は、目標値だけでなく、指標そのものを見直します。KPIは実績評価だけでなく、次の資源配分を決めるために使います。
まとめ――KPIは知財部門の成績表ではなく、投資判断のための共通言語
知財・無形資産投資を管理するために、投資額や出願件数は必要です。しかし、それだけでは、投資が顧客価値、競争優位及び企業の将来収益につながったかを判断できません。
将来実現したい事業のTo-Beから必要な知財・無形資産を逆算し、活動・進捗指標、事業KPI、財務KPIを三段階でつなぎます。さらに、それらを将来キャッシュフローの規模、利益率、発生時期、継続期間、追加投資及びリスクへ接続します。
KPIは、知財部門だけの成績表ではありません。経営企画、知財、研究開発、事業、製造及び財務が、投資の継続、修正、追加又は中止を判断するための共通言語です。
この社内管理で整理した価値創造の流れを、投資家へどのように開示し、対話につなげるかは、後続の記事で取り上げます。