知財部で、特許や技術の一覧は作れた。ところが統合報告書の担当者から「それは、会社が伸ばそうとしているどの事業に関係しますか」と尋ねられると、説明が難しくなることがあります。
前回はイトーキの報告書を手がかりに、特許件数の前に自社の強みを言葉にする方法を考えました。次に必要なのは、その強みがどこで使われ、誰にどんな価値を届けるのかを示すことです。
味の素グループの『ASVレポート2025(統合報告書)』を読むと、その組み立て方が見えてきます。共通の強みである「アミノサイエンス®」を示したうえで、四つの重点成長領域と、その領域で目指す価値を説明しています。この記事では報告書のp.38–39、p.48、p.60–61をたどり、知財部員が自社の説明に使える問いを考えます。
一つの強みから、異なる事業の話へ
報告書のp.38–39には、ヘルスケア、フード&ウェルネス、ICT、グリーンという四つの重点成長領域が並びます。アミノサイエンス®を強み・競争力の源泉として示し、領域ごとに目指す価値を説明しています。
たとえばヘルスケアでは治療や予防、健康寿命への貢献を掲げ、ICTでは半導体の進化やスマート社会への貢献を掲げています。同じ会社の強みから出発しても、相手とする市場や解こうとする課題は同じではありません。〔出典1:p.38–39〕
ここで知財部員が学べるのは、四領域という分類そのものよりも、説明の順序です。「当社にはこの技術がある」で止めず、「どの領域で、誰のどの課題に応えようとしているか」まで進める。そうして初めて、技術や権利の情報を事業の話に置けます。
自社で同じように書くなら、「すでに提供できている価値」と「これから目指す価値」を分けておきます。事業部に確かめれば、将来像を実績のように書かずに済みます。
知財を、ほかの無形資産から切り離さない
では、アミノサイエンス®をそのまま特許の一覧に置き換えればよいのでしょうか。報告書のp.48は、味の素グループの強みの源泉となる無形資産を、人財資産、技術資産、顧客資産、組織資産の四つに整理しています。技術資産には、先端技術や独自素材とともに、戦略的に開発・保有する知的財産等を挙げています。〔出典2:p.48〕
この記載からは、知的財産が重要であっても、それだけで顧客への価値が生まれると説明しているわけではないことが分かります。技術を使いこなす人、顧客の課題を知る人、部署をまたいで取り組む仕組みも関わります。
なお、ここでいう「四つの無形資産」は、先ほどの「四つの重点成長領域」とは別の整理です。人財資産がヘルスケア、技術資産がICTというように、一対一で割り当てるものではありません。一つの成長領域を支える資産を、複数の部門から確かめるための見方として使えます。
事業が変われば、知財の組み方も変わる
p.60–61では、より具体的な知財活動が紹介されています。味の素グループは、半導体材料として使われる味の素ビルドアップフィルム®(ABF)の開発について、事業部門、研究開発部門、知財部門が早い段階から協働した例として説明しています。開発された技術を後から権利化することだけが知財部の仕事ではなく、開発と並行して事業に必要な保護を考える姿が示されています。〔出典3:p.60〕
続くp.61では、事業領域や段階に応じて知財ポートフォリオを設計し、特許、商標、ノウハウを組み合わせる考え方が述べられています。ICT領域では配合設計を広く押さえること、バイオ医薬の分野では重要なコア技術を強く守ることなど、領域によって異なる要請も説明されています。〔出典3:p.61〕
自社の重点事業では、何を守ることが事業上の課題に合うのか。事業側と技術側の話を聞き、特許、ノウハウなどを選ぶ理由まで説明できれば、知財活動が事業の話として伝わります。
自社の重点領域を一つ選んで確かめる
自社の報告書を考えるとき、最初から全事業を網羅する必要はありません。まず一つの重点領域や製品を選び、次の三つを確認してみてください。
| 確認すること | 聞く相手 | 記録する内容 |
|---|---|---|
| 誰の、どの課題を解くのか | 事業部・営業 | 顧客が選ぶ理由と、会社が目指す提供価値。確認できた実績と今後の目標は分ける |
| どの技術やノウハウが効くのか | 研究開発部門 | 製品やサービスの特徴を支える技術と、開示できる範囲 |
| どう守り、活用するのか | 知財部・事業部 | 権利化、秘密管理、外部との連携などを選ぶ理由 |
答えがまだ得られない欄は、知財部の推測で埋めなくて構いません。事業部に確認する問いが見えたこと自体が、開示の準備になります。
第1回で見つけた「自社の強み」を、今回は「どの事業で、何のために使うか」へ進めました。次回は、その事業へ向けた研究開発と知財活動が何を生むのかを、デンソーの統合報告書から考えます。
参照資料
- 出典1:味の素グループ『ASVレポート2025(統合報告書)』「アミノサイエンス®で価値を共創する4つの重点成長領域」p.38–39。
- 出典2:同「無形資産」p.48。
- 出典3:同「技術資産/戦略的な知財ポートフォリオ」p.60–61。
味の素グループに関する記述は上記報告書に基づきます。自社で確認する三つの項目は本記事の提案です。