知財部で統合報告書の原稿を作るとき、特許の件数や代表的な発明なら説明しやすいかもしれません。しかし、その技術を使った製品が顧客の手に届き、使い続けられるまでには、製造現場の工夫や、顧客が使う間に得られる情報も関わります。
前回はニッスイの報告書を手がかりに、技術から製品、顧客までをたどりました。今回は、その製品やサービスを支える強みを、特許の外側まで広げて考えます。
ブリヂストンの『Bridgestone 3.0 Journey Report(統合報告2025)』は、さまざまな知財を事業モデルに合わせて組み合わせる取り組みを「知財ミックス」と呼んでいます。報告書のp.34に示された考え方を読み、p.60の航空ソリューションで、組み合わせが顧客への提供価値とどうつながるかを見ていきます。
事業が広がると、必要な強みも広がる
ブリヂストンは事業を、タイヤを「創って売る」プレミアムタイヤ事業、顧客が「使う」段階で価値を高めるソリューション事業、タイヤを原材料に「戻す」リサイクルなどの探索事業として説明しています。〔出典1:p.4–5〕
タイヤを売るだけでなく、使われている間の課題にも応えるなら、製品の技術に加えて、使用状況を知る手段や対応する人の知見が必要になります。
そこで報告書のp.34は、特許、意匠、商標だけでなく、ノウハウ、知識・知見、ビッグデータなども挙げます。これらを事業モデルに合わせて組み合わせるのが、同社のいう知財ミックスです。〔出典2:p.34〕
自社の開示でも、最初から知財の種類を並べるより、一つの事業で顧客に何を届けるかを決めた方が考えやすくなります。製品の性能を説明するなら、その性能を支える技術や製造の工夫を調べる。使用中のサービスまで説明するなら、顧客との接点で得た知見やデータにも目を向ける。事業の話から始めると、紹介すべき強みが見えてきます。
特許台帳に載らない強みを、現場で見つける
報告書は、知財を開発・製造部門だけで探しているわけではありません。開発、生産、物流、販売サービスやソリューションに関わる現場との対話を通じて、現場の匠の技など、言葉にされていない知見を見つけ、事業の強みとして生かすと説明しています。知財情報の分析に加え、現場で実際に行われていることを確かめる姿勢が読み取れます。〔出典2:p.34〕
たとえば知財部が製品を支える特許を把握していても、その製品を安定して作るための工夫や、顧客の使い方に合わせた提案まで知っているとは限りません。製造、営業、サービスの担当者に「顧客は使うときに何に困るか」「そのために現場では何を工夫しているか」を尋ねれば、特許リストだけでは見えなかった強みが見つかるかもしれません。
すべてを統合報告書で詳しく公開する必要はありません。まず社内で、どの知見がどの事業を支えているかを整理します。そのうえで、顧客への価値を説明するのに役立ち、公表できる内容を選びます。
航空機用タイヤは、売った後にも価値を届ける
組み合わせを具体的に考える手がかりが、報告書p.60の航空ソリューションです。航空機用タイヤは使用環境によって摩耗の進み方が異なり、交換時期を計画しにくいという課題がありました。ブリヂストンはJALグループとの取り組みで、航空機のフライトデータや航空会社側の知見と、自社のタイヤ摩耗予測技術や知見を組み合わせ、タイヤの交換時期を予測し、計画的な交換に活用したと説明しています。〔出典3:p.60〕
ここで届けているのは、タイヤの性能だけではありません。交換時期が分かれば、顧客は整備作業や在庫を計画しやすくなります。報告書は、交換業務の効率化や在庫の平準化・削減にも言及しています。〔出典3:p.60〕
知財部員がこの事例から学べるのは、顧客が製品を使う場面まで追うことです。「当社には摩耗予測技術があります」で止めず、「その技術を何のデータや知見と組み合わせ、顧客のどの業務に役立てているか」まで進める。そうすると、知財の説明が顧客への提供価値につながります。
自社の一つの製品・サービスで確かめる
自社でも、一つの製品やサービスを選び、顧客が購入してから使うまでをたどってみます。知財部だけで表を完成させるのではなく、関係部門へ聞くための下書きとして使います。
| 確認すること | 主に聞く相手 | 記録する内容 |
|---|---|---|
| 顧客は何のために買い、使用中に何に困るか | 事業部・営業・サービス部門 | 顧客が求める性能と、使用時に生じる課題 |
| その課題に応える技術や現場の知見は何か | 研究開発・製造・サービス部門 | 技術、製造や対応の工夫、利用できるデータ |
| それぞれをどう守り、どう使っているか | 知財部・事業部 | 権利化・秘密管理の状況と、データを誰とどう利用しているか |
| 組み合わせて顧客に何を届けているか | 事業部・顧客担当 | 製品の特徴に加え、使用時に提供する価値 |
表を埋めたら、「○○という製品に、□□の技術と△△の知見を組み合わせ、顧客の◇◇という課題に応えています」と、一文にしてみます。実際の取り組みと公表できる範囲を各部門に確認すれば、開示原稿の土台になります。
第4回では、技術が製品になり、顧客へ届くところを見ました。今回は、製品やサービスを支える複数の強みと、その組み合わせを見ました。次回は、それらが競合との違いとしてどう伝わるかを考えます。